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Interview インタビュー(映画)
★★★★☆(10/7正午まで)

真実の愛とは何かという至って哲学的なテーマに、恐らくはかなり真剣に取り組んでしまった作品。(“しまった”と書いたのは、僕がそれを失敗だったと思うからだ。)アジアで初めて“ドグマ '95”に認定された映像は、静かで美しい。また、ドキュメンタリーと虚構、過去と現実が錯綜して映し出される手法も斬新だ。

愛という答えのないテーマを扱う以上、この作品には初めから始まりも終わりも用意されていない。そこにあるのは、真実の愛を探求して彷徨う過程の極一部だけだ。そして、ここで描かれる極めて個人的な探求は、実は人類の普遍的な生の縮図ですらある。監督がそれを意図したかどうかにかかわらず、個人的な愛の探求は、常に人類の普遍的な愛の彷徨へと溶け込んでいく。それを前提に観てみると、この作品にそれらしいエンディングのないことが、実は真摯で誤魔化しのない姿勢の現れであることが分かる。

しかし、結果としてこの作品が行き着いたのは、ある種の運命論と、映画という手法の否定であったように思う。

映画監督チェ・ウンソクは、真実の愛に関するドキュメンタリーを制作するためにインタビューを重ねている。イ・ヨンヒは、そんなインタビュー相手の一人だった。これが物語の主人公二人の出会いである。二人はお互いに初めて会ったと思っているが、やがて、実は以前にパリで一度出会っていたという事実が観客にだけ明かされる。これは何を意味しているのだろうか。パリでの出会いは全くの偶然であり、お互いにそのことを覚えてもいないのに、何故かそれは大切なエピソードとして大きな位置を与えられている。にもかかわらず、パリでの出会いと韓国での再会にどんな繋がりがあるのかは、最後まで語られることはない。恐らく、監督にとってパリのエピソードは“なければならない何か”、つまり運命だった。愛に宿命や運命を求めるならば、二人は韓国で「出会うべくして」出会わなければならない。二人が、お互いにそれと気付かぬうちにパリで出会っていたというコンテクストは、この作品では「他生の縁」として決定的な意味を持っているように思われる。

ウンソクは、愛に関して多くのインタビューを重ねることで、愛を傍観し続ける。彼は愛の観察者だった。ところが、ヨンヒとのインタビューを通して、かれはもはや傍観者ではいられなくなる。彼は愛の当事者としてヨンヒを見つめ始め、それはビデオカメラという観察者の視点を徐々に蝕んでいく。結局ウンソクは、観察を通して愛を理解することは出来なかった。彼はたぶん、当事者となった今も愛を理解できたとは思っていない。けれど、彼にとって観察対象であったフィルムに写る愛の語り部達が、全てパリ時代のヨンヒに変わっていくという一番最後のシーンが意味することは、客観的なビデオカメラだったウンソクの視線が、完全に主観的な彼自身の瞳に変わったということだ。しかも、運命の原点にまで遡って。映画的手法という観点から見るなら、これは悲劇だ。誰よりも愛を記録しようとしたウンソクは、いまや完全に敗北したのだ。

こうして愛は躊躇いがちに運命へと還元され、そしてウンソクは映画を捨てて新しい出発点に立つ。彼はもはや客観性を標榜せず、苦しみながら彼自身の運命に身を委ねることになるだろう。だがそれは、また別の物語なのである。

さて。冒頭でこの作品は失敗だったと書いた。そして、今でもそう思う。理由は、まだよく分からない。ただ一つだけ確かなことは、作中で撮影スタッフの一人が吐き捨てた、「昔からセリフの多い映画は駄作だぞ」という言葉に、僕は一抹の正しさを感じるのである。


DVD:「インタビュー」 / 「オーバー・ザ・レインボー 」(イ・ジョンジェ主演のラブロマンス) / 「八月のクリスマス 」(シム・ウナ主演作)
| thinkingreed | 映画 | 17:10 | comments(0) | trackbacks(0) |









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